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このページは主に生命機能科学コース1-2年生に向けたものですが、研究室配属前の3年生、副専攻で当コースの研究室に配属を希望している他コースの学生の皆さんも参考にして下さい。                                                    
                                   文責:筒井

研究室選びについて

1.最初に考えてほしいこと

 卒業研究でどこの研究室に入ろうか? それを分属活動が始まる3年生の4月頃に考え始めたのでははっきり言って遅いと思ってください。人によっては研究室の配属が一生を左右する場合もあります。研究室を選ぶに当たって最初に考えてほしことは、自分がこの先どのような生き方(ライフスタイル)を望むのか、ということです。仕事に人生の生きがいを見出したいのか、今流行りの"ライフ&ワークバランス"を大事にしたいのか、仕事はあくまで生活のためで、プライベートを充実させたいのか。そして次に自分という人間がどういう人間なのかを考えてみて下さい。仕事のスタイルとして、人から指示されて動く方が働きやすいのか、ルーチンワークがやりたいのか、それとも自分のアイディアを生かせる仕事がしたいのか。これについてはどれが正解ということはありません。人それぞれです。そしてそのために卒業後にどうしたいのか。研究・技術職に就きたいのか、一般職を望むのか、公務員・教員など、自分が望むスタイルによって、これから身に付けていくべきことや職種が変わってきます。勿論、向き/不向きもあるでしょう。そしてそれは研究室選びにも反映されてきます。
 

2.研究室の運営は千差万別

 「研究室自治」という言葉があります。大学の研究室は余程モラルに欠けることや大学の規則に反していない限り、運営はそこの教員に一任されます。つまりコアタイムを設けようが設けまいが、始業時間や就業時間を何時に設定しようが、研究成果をどのように公表しよう(公表しない、ということも)が自由です。もちろんそれはゼミや勉強会の設定についても同じです。室員メンバーの研究テーマやどのように研究を進めるか、そして室員メンバーに何を求めるのかについても、大学の規定は一切ありません。どこの研究室でも、そこの研究室の運営者の考え方や経験、性格が反映されています。ちなみに当研究室では、室員メンバーの裁量とペースを認めています(これには理由があります)。学生の研究テーマについては教員が指示しています(多くの実験系ラボでは、学生(学部、修士)が自らテーマを設定することは殆どありません)。週に一回の論文輪講ゼミ(論ゼミ)では、ホスト役の学生が英文ジャーナルをA4の紙2枚にまとめて内容を紹介します。情報化社会の中で信頼性の高い研究論文を見極めること、英文ジャーナルの内容を理解し、人に端的に説明することを目的としています。またゲスト役の学生には、自分のテーマ以外の研究内容について理解し、質問をする訓練となります。月一回の研究報告ゼミ(リサーチゼミ)では、スタッフを含めて全員がプレゼン形式でその月の実験結果を報告してディスカッションを行います。


3.研究内容以上に重要なこと

 研究室選びをする際に多くの人が重要視することは「研究内容」かもしれません。しかし学部学生の研究室選びでは、それと同等、もしくはそれ以上に重要なことが「相性」です。「相性」には、①教員やスタッフとの相性 ②研究室の運営スタイルの相性 ③実験手法の相性、などがあります。まず①ですが、これが合わないと最悪です。卒業研究の期間(人によっては大学院在学期間も)は、ほぼ毎日のように顔を合わせてディスカッションを繰り返します。学会発表などでは、終始行動を共にする場合もあります。言葉のキャッチボールや意思の疎通ができない、お互い一緒にいるとストレスが溜まる、というような状態ではいいことはありません。スタッフも学生も人間同士ですから、どうしても生理的にダメ、ということがあるのは仕方のないことです。「大人の付き合い」といういい方もありますが、実験系ラボの場合には、接触時間が長いので「ビジネスパートナーとして一緒にできるか」を考えた方がいいように思います。②については、例えば時間の管理も含めてその日にやる事の指示がないと出来ない人、それとは反対に、自分で考え自分のペースでやることを望む人、それが出来る人、など様々だと思います。個人的に研究者には、時間管理、自己管理、自己計画・実行性は必須だと考えています。ですから当研究室ではそういった個人の裁量は認めています。しかし中にはそれで自己管理ができずに挫折する人がいます。自己管理が出来ない人は裁量制の職業には向きません。研究室によってはある程度管理型の運営をしているところもあるので、自己管理が苦手な人はそういう研究室を選ぶことをお勧めします。③については、「将来どのような分野で働きたいか」に係わってきます。当研究室は「化学」が中心です。分析、単離、合成の技術をもとに研究を展開しています。ですから例えば当研究室で、培養や遺伝子操作の技術を磨くことは困難です。将来、そのような分野での研究・技術職を希望する場合には他の研究室をお勧めします。


4.相性の見極め

 上記3に書いたような「相性」をどのように見極めるのか? これはとにかく研究室を訪問するしかありません。スタッフ(教員、研究員など)と会話をすることです。皆さんが普段、講義や学生実験で接している教員と、研究室で接する教員では雰囲気が違うはずです。そこの教員が何をどのように考えているのか、どういう方針なのかを聞きに来てください。恐らく一度の訪問で見極めるのは難しいでしょう。何度か話すうちに考え方や方針が分ってくる場合もあります。違和感を感じた場合は無理をせずに他の研究室を訪問してみて下さい。「A研究室よりもB研究室の方が何となく居心地がよい」そう感じたときはB研究室を選んでください。上級生は?と思うかもしれませんが、上級生は皆さんよりも先に卒業します。あなたが研究室に入ってきたときには、その上級生はいない可能性もあります。もちろん進学などでいる場合もありますが、メンバーのメンツが変われば研究室の雰囲気は変わることが多いので、それほど気にする必要はありません。たまに周囲の人からのネガティブ情報に翻弄される人がいますが、必ず自分の目と耳で確かめて下さい。主観は人によって異なります。ネガティブキャンペーンを張ったその人自身に問題がある場合もあります。当研究室への訪問については、分属活動期間に限定していません。連絡をしてくれれば、いつでも対応します。また体験実験についても希望があれば可能な範囲で対応します。講義のない期間(長期休暇中、試験期間終了後など)を利用して一週間程度経験することで、研究レベルの実験や研究室の雰囲気を肌で感じることができると思います。実際にやってみることでイメージが沸きやすくなります。もしかしたら想像していたことと違うことに気付くこともあるかもしれません。実験の手法については、残念ながら人によって「向き/不向き」があります。研究レベルで求められる技術は、誰しもができるわけではありません。日本の義務教育では、80%の生徒が出来る内容を基準に設定されています。それが高校になると50-60%になります。大学は専門教育機関です。さらにそれが研究室レベルともなれば万人ができることではない、というのが想像ができると思います。ただしこれはやってみないとわかりません。学生実験はグループでやることが多く、また研究レベルほどの正確さは求められていません。研究室に入って個人で実験を行って初めて、何度やっても既知の操作が上手く出来ない、求められるレベルに到達できないことに気付く(指摘される)例は珍しくはないのです。ある程度の訓練で出来るようになる場合もありますが、中にはどうしても出来ない人が一定数います。これはあくまでも適性の問題です。誰もがアスリートや芸術家になれるわけではありません。アスリートになれなくてもIT技術に秀でた人もいます。実験の世界も同じです。有機合成や精密分析が不得意でも、シュミレーション化学や生化学実験が得意な人もいます。自分の適性と向き合うことも将来の人生を豊かにするためには大切なことです。研究や技術を仕事にするということは、"何がしたいか"も大事ですがそれ以上に"自分には何ができるか"も大切なことです。卒業研究は自らの適性を見極める期間でもあります。どうしても研究者や技術者になることを希望する場合は、自分の適性の有無に気付いた時点で他分野への転換が必要になる人もいるかもしれません。


5.研究室選びで研究内容はどのくらい重要か

 これは考え方それぞれかもしれませんが、私は研究内容自体はそれほど重要ではないと考えます。なぜなら大学の研究室で行われている研究は、皆さんが想像するよりも遥かに奥深いものである場合が多いからです。実際私の経験をもとに書きますと、私が学部4年生(博士課程修了まで6年間いました)で所属した研究室は有機合成化学を手法とした糖化学の研究室でした。当時の研究テーマは不斉触媒の設計と合成です。学生当時私は創薬の研究に興味を持っていましたが、私が所属していた学科ではそのような研究をしている教員はいませんでした。なぜ私がその研究室を選んだかというと、そこの教員と会話のリズムが合ったことと、考え方に同調出来たからです。そして有機合成なら将来、薬を作ることに繋げていけるかもしれないと思ったからです。勿論在学中は創薬とは関係のないテーマをひたすらやっていました。しかしその触媒設計で培った"分子認識"という概念は、現在の私の研究の考え方のベースとなっています。私は当時のテーマを通して、創薬や機能性分子を取り扱う中で最も重要な概念を習得しました。また有機合成技術の基礎/基本をガッチリと学びました。合成技術は言わば職人的な技でもあります。インスピレーションと感覚がモノを言うときもあります。そして大学院修了後は希望通り、数年間創薬研究に携わることが出来ました。現在は直接的な創薬の研究はしていませんが、それは自然の流れの中で自分の考え方が変わってきた結果です。かつての私の希望が叶った要因は合成技術と概念であり、研究の内容(テーマ)そのものではありませんでした。

 
 
研究とは何か
 
 
 
6.研究室での実験とは何か

 大学には主に3つの役割があります。①教育 ②研究 ③社会貢献です。普段皆さんが受けている講義や学生実験は「①教育」です。しかし研究室で行われている実験は「②研究」です。大学の教員は、教員であると同時に研究者でもあります。講義や学生実験では教員の顔をしているかもしれませんが、研究室では研究者として振舞います。講義で接するのと、研究室で接するのとで印象が変わるのはそのためです。学生実験と研究室での実験の大きな違いは、社会的な意味です。学生実験はあくまで教育の一環で行われます。ですから例え上手く行かなくても、信頼性に欠けるデータであっても、そこから学生が学び取るものがあれば、学生実験の目的は達成されたと言えます。しかし研究室での実験は違います。未熟な技術、間違ったデータは許容されません。もしそういったデータを世の中に出せば、「不正」と見なされます。たとえ悪気が無くても「意図しない不正」とされ、社会的処罰の対象となります。研究室での実験データは社会的な責任を負っているものなのです。ですから研究者として実験結果には神経質になります。実験データは教員(研究者)がやろうが、学生がやろうが社会的には同じ扱いです。「学生がやったデータだから仕方ない」は通用しません。学生であっても処罰の対象になります。ですから教員は研究責任者として学生が出した実験データを厳しくチェックします。学生の皆さんはカリキュラムの一環で研究室に配属されますが、卒業研究が必修であることは入学前にわかっていたはずです。研究に関しては甘えや言い訳が通用しない大人の世界です。


7.研究費はどこから出るか

 当然のことですが、研究を進めるためにはお金が掛かります。年間でかかる研究費は、分野や研究室の構成人数によって様々ですが、化学系の研究室では少ないところでも消耗品だけで100万円程度はかかります。生物系では数百万円はザラです。このほかに装置の維持費などもかかります。研究員を雇えば雇用経費も掛かります。国立大学の場合は、学生実験の費用は皆さんが払う学費や文科省の大学運営費(税金)から賄われています。一方で研究室で掛かる研究費はそのほとんどが国や公益財団法人からの競争的資金で賄われており、シンポジウムや学会などの出張経費も研究費に含まれます。一部の研究室では企業と共同研究をすることで、企業から資金援助を受けている場合もあります。"競争的資金"という言葉はあまり馴染みがないかもしれませんが、これは研究代表者(その研究の責任者となる人/大学の研究室の場合は多くが教員)が研究計画書(場合によってはプレゼンテーション)を国や財団に提出して、そこで認められた研究に対してのみに研究費が支援されるものです。支援してもらえる期間は1~5年程度のものが多く、大型プロジェクト(数千万~数億円)になると中間審査を経て10年程度のものもあります。研究を継続するためには、研究成果を出しながら研究費の申請を繰り返し行わなければなりません。昨今、大学からの研究費支援は殆どありませんから、この競争的資金が獲得できないと大変なことになります。競争倍率は低いものでもおよそ3倍、高いものだと数十倍~数百倍のこともあります。国は、文科省、通産省、厚労省、農水省など様々な機関がそれぞれの特色に応じて研究テーマを募集しています。そしてその額は、一件の研究に対して年間数百万~数億円で、これもテーマやプロジェクトによって異なります。基礎研究の場合は文科省の科研費(科学研究費)による支援が殆どです。しかしいずれの場合も資金のもとの多くは税金です。研究室で行われる実験が社会的責任を負っているのは当然と言えます。どこからの研究費でも支援を受ければ、報告書の提出や成果発表、社会への還元が義務付けられています。多くの研究室では、学生が行う研究もこれらの研究支援を受けているテーマが殆どであり、当研究室も決して例外ではありません。ですから例え卒業研究であったとしても甘えや適当な態度が許容されることは絶対にありません。
 

8.研究とプラベート

 研究室訪問に来た学生がよくしてくる質問に「アルバイトをしても大丈夫ですか」というのがあります。この質問に対して私は、「アルバイトをするなとは言わない。ただし両立できるかどうかをよく考えなさい」と言います。例えば平日の夜7時からアルバイトのシフトを入れていたとします。しかし6時になっても実験が終わってなかったらどうするのか?ということです。実験を放り出してアルバイトに行きますか? 中断したことでデータとして使えないかもしれません。合成であれば、せっかく出来たものが分解してしまうかもしれません。反応が行き過ぎたり、再現性に問題が出るかもしれません。やり直せばいい?研究はそんな甘い世界ではありません。原料や試薬が手に入り辛いものだったらどうしますか?ここまで来るのにリスクのかかった実験であったらどうしますか? 前述の6、7でも述べましたが、研究室での実験は至って真面目なものです。適当にやることが通用する世界ではありません。もしプライベートを充実させたいと考えるのであれば、研究室で研鑽を積むのは難しいでしょう。それは同時に研究職や技術職に就けるだけの実力(意識)を養うことも困難であることを意味します。しかし卒業研究が必修であることは如何様にも出来ませんから、プライベートを充実させたい場合には卒業単位を修得することのみを目標に、そのことを理解してくれる教員/研究室を探すことをお勧めします(そのような研究室があるかどうかはわかりませんが)。


9.学業成績と研究

 生活費や学費のためにどうしてもアルバイトが必要な人がいるのも事実です。そのような人にとっては生活と研究の時間のバランスを如何にとるか、それは深刻な問題です。しかし一生懸命に真面目に取り組み、結果を出せる人には様々な支援があります。学部学生の皆さんにとっては学業をしっかり修めることが一番の早道だと考えます。正直なところ、研究と学業成績の良し悪しに相関はありません。講義科目や学生実験の成績が悪くても研究に向いている人はいます。良い学業成績を修める要素と研究に必要な要素は別のものです。ただ学業成績は良いに越したことはありません。例えば大学には成績優秀な学生に対する授業料免除/減額制度があります。民間団体の給付奨学金も生活状況と同時に学業成績が重視されます。こういったチャンスを手にするためには1年生のときからトップクラスの良い成績を修めることが必要です。また大学院ではたとえ日本学生支援機構の奨学金(一種)貸与を受けても、研究成果を残すことができれば返済免除の可能性も出てきます。大学院で求められるものは学業成績よりも研究成果です。しかし修士課程で一種の貸与を受けられるか否かは学部の成績に掛かっています。そして修士課程で研究成果を残すことができれば、さらに博士課程で相応の支援を受けられる種々のチャンスも出てきます。こういった支援は"一握りの人に与えられる特権"と思うかもしれませんが、本気でやりたいと考えるならばそれを手にするための努力は早い時期から必要だと思います。チャンスがチャンスを生むことに間違いはありません。


10.研究職と技術職の違い

 研究職と技術職、皆さんはこの2つの違いを説明できますか?多くの学生は研究職と技術職の区別がついていません。研究職は広義の意味では技術職です。しかし、"技術職=研究職"ではありません。例えば品質管理という職種は技術職ではありますが、研究職ではありません。なぜなら品質管理は確立された方法に基づいて、その製品の純度などを分析することが仕事だからです。一から分析方法を考えて検討することは殆どありません。分析機器の使い方と分析のための前処理の方法、データ解析の方法さえマスターできれば仕事をすることは可能でしょう。仕事自体はルーチンワークです。では、"ある機能性物質の効果をさらに上げる"という仕事はどうでしょう?これは紛れもなく研究職と言えます。その物質の機能性自体を向上させるために化合物構造を変える、相乗効果や競合を考えて配合量や添加物を変える、吸収効率を考えて形体や投与方法を変える、といったことが考えられますが、いずれの場合もこうすれば効果が上がる、とわかっているわけではありません。検討に検討を重ねる必要があり、このとき必要とされるものはルーチンワークとは全く違います。そのため技術職は学部卒でも募集している企業は多いですが、研究職は応募の最低条件として修士課程修了を求めている企業が殆どです。しかし研究職の場合、もちろん修士課程修了だけでは不十分であり、その後の研鑽が強く求められます。


11.修士課程に進学するということ

 「研究職に就くためには大学院へ進学しないと難しいですか?」これも研究室訪問にくる学生によく聞かれます。確かに上記の10で書いたように、民間の企業であってもいわゆる"研究職"と呼ばれる業種は修士課程修了を条件としているところが殆どです。しかしここで考えてほしいことは、なぜ研究職に修士課程修了が求められているのか?ということです。もし修士課程をただの学部課程の延長と考えているのであれば、進学はやめた方がいいです。時間とお金の無駄ですから、さっさと就職して社会人として生きた方が余程あなたと社会のためです。学部課程は、いわゆる座学(講義)が中心です。決まった時間に講義を受け、与えられた課題を提出して試験を受ける。つまり受け身でしかないのです。言われたことさえやっていれば単位はもらえて卒業できます。しかし大学院は違います。自主的な研究活動が中心です。勿論、大学院生とはいえ学生ですから、指導教員は付きます。しかし殆どの研究室では、指導教員が手取り足取り教えることはないでしょう。少なくても当研究室でそれはあり得ません。実験操作の仕方や心構えは、研究室に配属された直後の学部3年に対しては徹底的に教えます。実験の進め方や工夫の仕方も教えます。その後はそのような指導からは徐々に離していき、学部を卒業する頃には殆ど口出しをしなくなります。逆に言えば、学部卒業までにこれが出来そうにない学生には、当研究室での内部進学は認めていません。大学院の修士課程で求められることは、与えられたテーマに対して実験計画を自ら立て、実験して結果を考察し、問題に直面したらその解決策を探る、ということなのです。そして一部の学生はそこから自らの発想に変えて新たな展開へと広げていきます(博士課程へ繋がる道を進む)。勿論、実験や研究に躓き続けている場合にはアドバイスはしますし、アイディアも出します。一緒に考えます。研究結果が出れば、学会発表やシンポジウムへの参加などの機会も提供します。しっかりとした実験技術と理解が身に付いていれば、下級生(学部学生)への指導も頼みます。しかし大学院生に対して「研究室に来て実験しなさい」などということは間違っても言いません。研究室に来なかろうが、それで実験/研究が進まなかろうが放っておきます。やる気がない状態で実験をしてもそれは先に述べた不正に繋がる危険があるからです。一方で研究がストップすれば、それは研究室全体に関わってきますから、実験をやらない人をいつまでも待ってはいません。自分でやるか、他の人にそのテーマを振ります。研究費を競争的資金の支援に頼らざる得ない以上、真面目に取り組まない学生に構っていられるほどの余裕はないのです。研究費が確保できなければ研究室全体が共倒れになります。大学院というところは、自ら研鑽を積むという強い意志がなければ学生は途中で失速していきます。ですから初めから明らかに進学理由が不純/不明瞭な学生の内部進学も認めていません。学生本人にとっても自ら学ぶという姿勢がなければ修士課程に進学する理由はありません。社会が求めているのは"修士課程修了"という肩書ではありません。大学卒業後の2年間をただ浪費した人でもありません。人から言われなくても責任をもって主体的に仕事が出来、問題解決ができる人、将来的にそれが期待できる人材です。そして、いずれ人を引っ張っていく(教える)ことができる人材なのです。人事担当者は人を見抜くプロです。どんなに取り繕っても、身に付けるべきことを身に付けられていない人は簡単に見抜かれます。そういう人は、たとえ修士課程修了予定として就活しても相応の結果しか得られないと思って下さい。むしろ余計な肩書は重荷になるだけです。


12. 研究者に向く人(あくまで私見です)
 ここで述べることはあくまで自分の周りの研究者を見てのことですので、その点を留意の上読んで下さい。
 

「3度の飯より実験(手を動かすこと)が好きな人」簡単に言えば"実験=趣味”と思える人でしょうか。少なくても学生の時分から定時志向だった研究者というのはあまり見かけません。実験室にいることが苦痛な人は論外です。

「自分で考えて主体的に動ける人」指示待ち症候群では研究は無理です。研究では常にオリジナルなアイディアと行動力が求められます。自分のスケジュールを自分で管理できることも必須要件です。

「注意深く物事を見られる人」上手くいかないことが多い中で、些細な事象が成功に繋がることがあります。その些細な事象に気付く人、気付けない人の差は大きいでしょう。そしてどのようなデータも無下に扱うことなく大切にすることも重要です。そのときはゴミデータだと思ったものが、後に重要な意味を持ってくることも決して珍しいことではないからです。

「先を見通すことが出来る人」実験は、次の展開を予測する、見通すことが常に求められます。例えば目の前の反応液を抽出処理するとき、目的物が有機層にくるのか、水層に来るのかを予測します。抽出操作には塩析という方法がありますが、目的物が水層にくるのに塩析などしたら大変なことになります。合成の後処理で水から塩を取り除くことほど手間のかかることはありません。また目の前の実験操作だけではなく、例えば得られた実験データがこの先の研究をどう方向付けることができるのか、そういったことも考えていかなくてはいけません。

「常に考えている人」研究や実験のアイディアは研究室にいるときにだけ思いつくわけではありません。家でテレビを見ているときや買い物をしているとき、布団の中でボーっとしているときに突然思いつくことがあります。それは恐らく無意識のうちにいつも何かを考えているからでしょう。

「ポジティブ思考な人」実験が上手く行かない、研究に詰まることなど日常茶飯事です。順調に進んでいたことが突然止まることも珍しくありません。そんなときに一々悩んでいたら身が持ちません。勿論、考えることは大事です。しかし”考える=悩む”ではありません。上手くいかなかった瞬間は落ち込むこともありますが、いつまでも引きずらない。気持ちの切り替えや発想の転換こそが継続の鍵だと思います。


13. 有機化学の実験系研究者(技術者)に向かない人
 (正しいデータが得られないばかりか、実験すること自体が危険)


・不器用な人(手を滑らせてよくモノを落としたり壊したりする、細かい作業で手が震えるなど)
・注意力が散漫な人(よくモノを倒したり落としたりする、忘れっぽいなど)
・危険予測が出来ない人
・面倒くさがりの人
・作業が雑な人(一つ一つの作業を疎かにしがちな人、データの取り扱い、ノートの取り方が雑な人)
・飽きっぽい人
・考えることが苦手な人
・自己管理が出来ない人



最後に

 研究という世界は非常に特殊な世界だと思います。ここには大分厳しいことも書きました。これを読んでいる皆さんにはまだイメージしにくいかもしれません。多くの人は大学を卒業すれば研究とは関係のない世界で生きていくことでしょう。自分が研究者になるなどとは想像も出来ないかもしれません。しかし研究はハマる人はハマります。これを読んでいる人の中から研究者になる人が何人かはいるかもしれません。興味のある人はぜひ研究室を訪ねてみて下さい。誰でも最初は"何となく興味がある"から始まります。その興味が育っていくのか、失われていくのかはあなた自身と、あなたがこれから出会う人/モノに大きく左右されます。あなたがこれから選ぼうとする研究室という環境はその最たるものです。冒頭に述べた「人によっては研究室選びが人生を左右する」というのはそういう意味です。またここではあえて博士課程についてはあまり触れませんでした。昨今、博士課程を終えてアカデミアのポストを手に入れるにはたいへん厳しい競争を強いられます。しかしアカデミアでの研究は企業では得られない"自由"と"不自由"があり、それは苦労をしてでも手に入れたいほど魅力的な環境なのだと思います。興味のある人はぜひ話を聞きに来て下さい。

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